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神道





1,神道とは


道は日本の伝統的な宗教である



神道は宗教というより日本人の生活様式だと言われることもある。


それは神道日本の土地、歴史、伝統と

非常に強く結び付いているためである。



神道の起源は、自然や自然現象を崇拝する

アニミズム的信仰(自然界のそれぞれのものに固有の霊が

宿るという信仰)が一般的であった有史以前にまでさかのぼる。





日本という島国には、長い間、神道以外の宗教が存在しなかった。

そのため、6世紀に仏教が伝えられるまで、

神道はその教義を明確に示す必要がなかった。



その結果、日本の伝統的な信仰には詳細な教理がなく、

仏教儒教日本の神学哲学に大きな影響力を持つこととなった。



8世紀初頭、天皇の命によって『古事記』や

日本書紀といった長大な書物が編纂された。



して『日本書紀』に神道」という語が現れ、

この語が、日本古来の信仰を強化するために用いられることとなった。



これらの書物は、日本の歴史や神話に関する口承を

書き起こしたものであるが、それに併せて神々の血をひくとされる

日本の天皇の系譜も記された。


これらの書物では、更に一連の儀礼も定められ、

それ以来、儀礼は神道において最も重要な要素となり、


仰自体よりも重視されていると言っても良いほどになった。 






神道は今も日本人の生活のあらゆる面に浸透しており、

宗教的な場面においても非宗教的な場面においても、


「祓い(清め)」を中心とする神道の儀礼が執り行われる。

たとえば、スポーツの大会のとき、自動車の部品製造作業場を新しく作ったとき、

建築事業を行うときなどに、神道の儀礼が行われている。


伝統が重んじられるこの儀礼では、

「カミ」と呼ばれる聖なる存在が崇められ、祈りが捧げられる。


神道という語の意味は、
文字通り「カミの道」なのである。


2,すべてのものの本質




「カミ」という語には籠もり隠れるもの」という意味があり、

英語ではgod (神), spirit (霊), soul (魂)とすことが可能である。



しかし、神道における神は、さまざまな超自然的存在だけでなく、

あらゆるものに内在しそのものを特徴づけているような


「霊的エネルギー」や「本質」と言うべきものをも含意している。



つまり、自然現象(嵐や地震)や自然環境(川、木々、滝)の中にも、
その本質として神々が宿っていると考えるのである。

(特に富士山)は、とりわけ神聖なものと見なされている。



神が「神」としての形をとる場合には、男神、女神、氏神(一族の祖先の霊)となるが、

特殊な人間が生き神と見なされることもある。



あらゆる神々は超自然的世界に存在しているわけではなく、

人間と共にこの世界に住んでいるのだと神道は説いている。





神道の神々は、祈りに応えて、物事を良い方向に動かしてくれる。

しかし、他の多くの宗教の神々とは異なり、彼らは全能ではない。


彼らの力は限られたもので過ちを犯すこともある。


更に、すべての神々が善良なわけではなく、邪悪な神も存在する。



神々の慈悲深い側面としては、誠実であり、「誠」(真実)を重んじ、
「むすび」という創造的能力を用いて宇宙の調和を保っていることが挙げられる。


宗教学事典
星野英紀

宗教学大図鑑

著島薗進









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