スキップしてメイン コンテンツに移動

『落ち込み少女』第1章その12





この時間は現代社会だ。

担当の山寺先生は、色黒にグラサン、坊主にジャージを着たイカツイおっさんだ。


この人にはギャップというものは全く存在せず、

厳格な性格で自分の考えをいっさい曲げない頑固オヤジで、

見た目通り期待を裏切らないある意味いい教師なのだ。


しかも生徒指導の先生ということで、

校則違反者は職員室まで呼び出し、

一枚400文字の反省文5枚もかかせる鬼教師として有名らしい。



ふだんは寝ている男子達も、現代社会の授業だけは、

乱雑な字で書かれた黒板を見ている。

みんなこの時間だけは寝たら、どうなるか分かっているのだ。


黒板の端から端までぴっしり書き終えた山寺はチョークを黒板の下にある溝に置いた。

そして、手についたチョーク粉を払い、渋すぎる声で

「じゃあ、今日はここまでノートに写すように。

来週は先週と今回やった分の小テストをするからそのつもりで」

何となしにみんなのため息が聞こえた。

しかし、鮮明ではない。

はっきり言えば、どんな文句が飛んでくるか分からないからだ。


まだ授業が始まって30分程度だ。

何事にも効率性を求めるこのイカツイおっさんは、

30分で説明を終えて残り20分は生徒にノートに書き留めておく時間を設ける。


だから山寺がチョークを置いた瞬間、

まるで闘牛場でゲートを開けられた牛のように

一斉にノートにペンを走らせる。


しかし右隣の席だけはペンとノートが擦れ合う音が全く聞こえない

僕が難聴というわけではない。

彼女はノートをとらない。

そもそもノートを開いていない。

知らないんだ。


山寺という教師がどんなに恐ろしい教師かを。

おそらく怖いのは見た目だけだと思っているのだろう。

まずい。

教えたほうがいいか...



僕の中のヒロイズムが目覚めかけていた。

病弱そうな女の子を助けたいと、

下心丸出しの欲求が体を熱くしていった。

よし言うんだ。.......................

言わなきゃ。

言わなくちゃ。






しかし、口がやけに重く、何かにせき止められているような、そんな気がした。

言うんだ、言うんだろ。

くそっ。

緊張という糸がぴーんと張りきったこの感じ。

手が震える。

言わなきゃ。


「あっ、あの」


その時、山寺は僕らの方を見ていた。

しばらくしてこのことに気づいたのか、

僕の言葉が届く前に、教壇から僕の座席の右斜め前まで詰め寄ってきた。

そしてあの渋い声で僕の右隣の女の子に不機嫌そうにこう言った。


「お前、なぜノートをとらない?」



今まで黒板と自分の机にだけ

交互に視線を写していたクラスメイト

一瞬でその軌道を修正して、こっちを見ている。

冷やかしか、好奇心なのかは分からない。

ただこのピリピリしたこの教室でみんな固唾を飲んでいた。


人はこういう時、固まってしまう。

僕もそうだ。

なぜなら、平木がこのおっさんに怒られることに、

ある意味違和感を覚えなかったからだ。



山寺が言葉を発してから数十秒後、

平木もようやく口を開けこう言った。



「覚えられるからです。」


何て大胆なんだ。

ここまで言えるなんて、強い女の子だなぁ。



しかし、自分の考えを曲げない山寺にとってその発言は火に油、

焼け石に水だ。

山寺の顔はさらに不機嫌になり、


「いいかぁ、受験ってのは3年後にあるんだ。

今覚えていようがいまいが

長い年月が経てば、記憶は曖昧になっていくんだ。

だからしっかりここで写して繰り返すことが重要なんだ。

分かったら、ノートを開けて、俺の書いた内容を写せ、いいな。」



まぁ、間違っているわけじゃない。


むしろ正解だ。


黒板に記載されていることをノートに写すことは

生徒としては当たり前なことだ。

理不尽な要求ではないし、生徒は教師に従うことは基本中の基本。

これが社会の常識。

暗黙のルール。

そんなことは分かっている。

でも、それでも、全てを納得できるかと問われればそれは違うと思った。

平木はいつもの通り無表情な顔のまま、

あっさりと自分の非を認めた。

「はい。」

そう言うと、ノートを取り出し、ペンを取り、

黒板に書いてある文字を写し始めた。


肯定した平木に山寺は満足したのか、ため息をつき教壇に戻った。

さっきまであれだけ注目していたギャラリーも

もう黒板に視線を戻していた。

事が済めば、人は自分の用事に戻る。

こいつらは余韻ってものを味わえないらしい。



可哀想に思えた。いや、少しがっかりしてしまったんだ。





  何がって?


あれだけ僕に強い目を向けてきた女の子が、

あっさり自分の非を認めたことに。


本心でないにしろ、彼女は認めたのだ。

もちろん、あそこであれ以上言い返しても、無駄なことは分かってる。

僕もあれが正解だと思っている。

でも、それでも僕のがっかりは心の中から消えなかった。



横を見るとさっきまでとは違って、流れるようにペンを走らせている。

左利きなんだなぁ。

初めて彼女の利き手がわかった。

しかし反対の手、右手は机の下に置いている。

書きづらくないのか。

やっぱりよく分からないなぁ。


僕もそろそろノートに書き写そうと、ペンを持った時、

ある事に気づいてもう一度彼女の右手をみた。


震えている。

...そうか。

そうだったのか。


右隣の机の下に見えた右手の握り拳を、

僕は忘れられる気がしなかった。



続き←ここをクリック




コメント

このブログの人気の投稿

重いものと軽いものを地面に落としたら?

重いものと軽いものを地面に落としたら どっちが早く落ちるのか? 結論からいうと、どちらも変わらない。 (*しかし、空気がある世界では、より軽く、よりやわらかく、 表面積が大きいものが 遅く落下する。 ペラペラの紙切れがゆっくり落ちていくのが最たる例である。) 物理学の世界では、 物体を自然と落とすことを 自由落下 という。 では、なぜ重いものと軽いものが 同時に落ちるのか、思考実験といわれる 頭の中で実験をして確かめてみよう。 空気抵抗が無いもの、つまり 真空中 と 仮定して話を進めてみる。 【真空中…空気が全くない状態。】 1gのものと、1gのものを同時に落としたら、 同じ速度で落下することは納得できると思う。 では、1gのものと2gのものは? と考えてみよう。 2gのものは1gのものを1+1=2個くっつけただけであり、 それ以上のものではない。 くっついたというだけのことで落下速度が速くなるのであれば、 分割すれば遅くなる ということが推論できる。 じゃぁドンドンと分割していくと、 そのうち落下しないで 空中に止まったままになるのか? とまぁこんな感じの思考実験をすることで ある程度納得できるのではないかと思いますが、どうだろうか ? では、実際に理論的に説明していこう。 重い物に働く重力の方が軽い物に働く重力より大きい。 重力 (mg) =質量 (m) ×比例係数 (g) … ① この公式は中学物理で出てくるものである。 比例定数は重力加速度=gと呼ばれ、 厳密には  g= 9.80665[m/s² ]  と定義されている。 同じ力を加えても 重い物 の方 が 軽い物 より 動かしにくい 。 加速度 ( a :   m /s 2 ) =加える力 ( F: N) /質量 ( m: kg)    … ②  ②…これを運動方程式という 【*物理学で力は記号でFを表す。単位はN。】 これも経験があるのではないだろうか。 次のような経験がないだろうか? ・同じ重さなら加える力が大きいほど良く加速する。 ・同じ力なら軽い物ほど良く加速する。 物体に加える力が重力だけの場合は、 ①を②に代入して、 加速度=加

儀礼的無関心

1,電車での出来事 電車の中では、 ふつうであれば夫婦や親子など 親密な関係にある人間しか 入ることを許されない密接距離や、 友人同士で用いられる個体距離のなかに 見知らぬ他人 が入りこんでくるということから、 別の規則が派生してくる。 私たちはたまたま電車で隣り合って座った人と 挨拶を交わたりしないし, ふつうは話しかけることもない。   私たちはあたかも 自分の 密接距離 や 個体距離 のなかに 人がいることに   気がつかないかのように、 それぞれ新聞や雑誌を読んだり、 ヘッドホンをつけ 音楽を聴いたり、携帯電話をチェックしたり、 ゲームをしたり,あるいは 目をつむって考えごとをしたりしている。 それはあたかも 物理的に失われた距離を心理的距離によって 埋め合わせているかのようである。 アメリカの社会学者 E. ゴフマン( 1922 ~ 82 )は, 公共空間のなかで人びとが示す このような態度を 儀礼的無関心 と呼んだ。 2、具体的に儀礼的無関心とは どのような状態で 行われるのか? 「そこで行なわれることは、 相手をちらっと見ることは見るが、 その時の表情は相手の存在を認識したことを 表わす程度にとどめるのが普通である。 そして、次の瞬間すぐに視線をそらし、 相手に対して特別の好奇心や 特別の意図がないことを示す。」 電車のなかで他の乗客にあからさまな 好奇心を向けることが 不適切とされるのはそのためである。 たとえば, 電車のなかで他の乗客をじろじろ眺めたり, 隣の人が読んでいる本を のぞきこんだりすることは不適切と感じられる。 例外は子どもである。 子どもは他の乗客を指差して 「あのおじさん変なマスクをしてる」 と言っても大目にみられるし, 逆に子どもに対してはじっと見つめることも, 話しかけることも許され

DLVOの理論

1,DLVOの理論とは 二つの 界面* が近づくときの、 【 *… 気体と 液体 、液体と液体、液体と 固体 、固体と固体、固体と 気体 のように、 二つの相が互いに接触している境界面】 電気二重層間の相互作用に基づいた 疎水コロイド溶液の安定性に関する理論。 これはデリャーギンと ランダウ (1941)と フェルヴァイとオーヴァベック(1948)が それぞれ独立に導いたので四人の名前で呼ばれている。 電解質水溶液中で、正または負に帯電している界面に対して、 反対符号の イオン はこれと中和するように分布すると考えると、 その濃度に基づく 電位  φ は界面からの距離  d  に関して 指数関数的に減少する。 すなわち φ=φ 0  exp(-κ d  ) となる。 φ 0  は界面に固定されるイオン層の電位で、 κ は定数であるが電気二重層の厚さを表現する基準となる値で である。 ここで, z  はイオン価, e  は電気素量、 n  はイオンの濃度(イオンの数/cm 3 )、 ε は溶液の誘電率、 k  は ボルツマン定数* 、 T  は絶対温度である。 共存イオンの影響で、電気二重層の厚さが変化すると考えると、 この式から シュルツェ‐ハーディの法則* も たくみに説明可能である。 リンク