ふと下を向くと、彼女も下を向き、 泣き声を僕に見せまいとしている。
いや、多分僕だけじゃなくて、 全てに見られたくなかったんだろう。
「私は....ちゃんといるの?」
「ああ、平木尊はいるんだ。」
「でも......私は私を感じない。
私がここにいるってことが分からない」
「だったら作ればいい。自分を、平木尊を。」
「作る?」
「これからさ、勉強とか恋愛とか受験とか就職とか自分で考えて、
決断して、行動することがたくさんあるだろう?
時には誰かに干渉されたりする時もあるけどさ、 最後は自分なんだ。
自分が楽しいと思うこと、悲しいと思うこと、 それは平木のお母さんのものじゃない。
平木のものなんだ。
自分が楽しいと思うこと、悲しいと思うこと、
平木のものなんだ。
そしてお母さんの楽しいこと、 悲しいことは君のものじゃないんだ。」
「....そっか。」
力の抜けた声だった。
「あぁ。まぁそれでもまた自分が見えなくなったら、
僕が平木尊をいるって証拠を言ってやる。
何十個でも、何百個でも。」
「.........うん。」
鼻をすすり、涙で顔がぐしゃぐしゃになった平木はなぜかいつもより可愛かった。
彼女は自分を感じないと言った。
しかし僕はなぜか彼女の存在をよく感じていた。
多分、この一ヶ月で僕の意識が右隣の席から彼女へと移り変わったせいだろう。
僕こそ彼女のことを一番知りたがっていた張本人だったのだ。
語らいが終わったつかの間、僕の背にあったドアの鍵が開いた。
ドアノブを回すことが出来た。
「現実に戻れるってことなのか?」
平木も驚いている。
「分からない。でも行ってみるしかないわね。」

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