しかし次第に傷ついているようには見えてこなくなった。
文田は僕から離れるように軽快に歩き、椅子に座った。
「なにまじになってんのよ。まったく冗談通じないだから」
そう言った彼女は僕を見ずに、自分が寝ていたベッドを眺めていた。
こういう女の子は苦手だ。
男を手玉にとるような女の子は癪にさわるし、いちいち気をつかう。
僕の妹もそうだ。
それは平木とて同じことだ。
しかし、平木は文田と違い、相手が誠意を見せれば、
ちゃんと誠意をもって言葉を返せる人だ。
そんなに話したことは無いはずなのに、そう思ってしまう。
その原因は今の僕には理解しかねることだった。
「文田はどうして保健室にいるんだ?」
「久しぶりに教室に行ってきたからね。少し疲れちゃって」
久しぶり、という単語に違和感は感じなかった。
彼女はいわゆる昔から保健室登校をしている生徒で、
学校も昼休みあたりから、教室からいなくなっていた。
僕の見立てでは、授業日数の三分の一くらいしか出席していない気がする。
なんらかの事情があることは分かっている。
何の所以もなく、好きで保健室登校する人は少ないと思う。
しかしそこは他人が触れてはいけない、
つつけば簡単に割れてしまそうな領域である気がした。
それに今更であるような気がした。
だってそうだろ?
僕と文田は中学の三年間同じクラスで、友だちとまではいかないが
話す機会は多少なりともあった。
そう、僕の家の近所に住む栗松のおばちゃんくらいにはあったはずだ。
しかし、中学の僕は女の子という存在を意識し過ぎるあまり、
意識から離してしまっていた。文田もその例外ではなかった。
しかも、保健室登校ということもあってか、クラスでも異質の存在であった。
例えるなら、僕が以前に平木が来る前に感じた右隣の席と同じだ。
何か特別な事情を抱えている女の子に声をかけられるほど、
僕の小さめの心は何も感じずにはいられなかった。
今、このタイミングでその事情を聞くことはできそうにない。
違和感のある行動はしたくはなかった。
それでも、こんなに心の中で葛藤しているのは、彼女を助けたい、
という英雄気取りな思考があったからに他ならない。
それはあの部屋に訪れるずっと前から。
「なぁ、聞きたい事があるんだけど」
「何?」
「文田はどうして昔から、保健室に通っているんだ?」
僕はそう言った瞬間、血の気が引けた。
文田の無表情に近い顔がさらに無表情になったからだ。
まるで漫画のように、彼女の瞳がうす黒くなっているように見えた。
人は人に敵視するとき、こんなにも恐ろしい顔をするんだな。
「それってあんたに言わなきゃダメなの?」
文田はそう言い残して保健室を去った。
質問してから思う。
僕は馬鹿だった。
擦りむいたひざのことなどとうに忘れてしまい、一刻も早くこの場から去ることにした。
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