その14←ここをクリック
何を偉そうに言っているんだ、それなら、帰ればいいじゃないか、
という意見もあるかもしれない。
でも、この状況で帰るのだって、勇気のいることだ。
この作業は僕らの一年三組に任されたことであり、
もしここで何の用事もなく、ただ帰ってしまえば、
西山と新田の顔に泥を塗りたぐることになる。
何の理由なく帰ることはできないし、
かといって何で三組だけがやらなきゃいけないんだ、
という葛藤が心の中にあるんだろう。
最初の一日、二日は初めてのこともあって、楽しくやれたが、
三日目にもなると、もう帰りたい気持ちと不公平な配分に不満があふれてきても、
不思議ではないのだ。
荻原はそこに気づくことがおそらくできていない。
昨日、小耳に挟んだことだが、彼女は陸上部所属で、
一年の六月の時点ですでに三年の男子キャプテンと揉めたようだ。
どうやら、彼女はどんな立場でもいい加減な人間が許せない、気まじめな性格で、
そのせいで彼女の人物評価はくっきり二分されている。
昨日と同じように、チューブ絵の具を絞って、パレットに移していると、
柱を塗っていた平木が、僕の方に近づいて、
「羽塚くん、赤のチューブ絵の具が足りないから、取って来てくれない?」
と言った。
よく見ると、彼女の腕や手がまったく汚れていないことに気づいた。
僕なんて、チューブ絵の具を絞って、パレットに移しているだけなのに、
手は絵の具まみれで臭くなっていた。
「わかった」
別に拒む理由もなかったし、この空気を味わうのも辛くなってきたので、快く承諾した。
教室から出た僕は、トイレで手を洗い、また、美術室に行くことになった。
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