昼休みの喧騒がパッと消えたように感じた。
苛立ちも消えて、焦りと緊張で胸が張り裂けそうになった。
こいつはバカだ、横にその本人がいるんだぞ。
もしかして右隣にいる平木尊のことじゃなくて、他クラスの平木か?
いやそんなことはありえないだろう。
僕が一学期に関わっていた女子は、平木と西山くらいものだ。
それに片山の視線は僕だけではなく、平木にも向けられていた。
だからこいつが指している「平木」は、僕が話しかけようとした「平木」で間違いないんだ。
しかし意味を理解したところで、僕の口から言うには重すぎる質問だ。
今まで仲良くしていた男女がしばらく話さなくなって、
気まずくなっている所にこの質問は神様のいたずらにも匹敵するほど嫌なものだった。
「僕が平木と付き合えるわけないだろ」
こう答えるしかできなかった。
それが彼女の尊厳を守り、なおかつ自身の自惚れを戒める最高の皮肉だった。
「そうか、悪いな」
片山は僕の答えに納得はしてなかったようだが、
横にいる平木の鋭い視線に気づいたのか、バツの悪そうに去っていった。
さっき食べた物が喉に戻ってきそうな、そんな気持ち悪さを感じる。
あいまいしていた−彼女との関係−。
そのツケがここにきて支払わされた。
「羽塚くん」
彼女の声だ。
僕はその顔を見た。
長く長く伸ばした真黒の髪、白い肌。
目鼻はくっきりして、口は小さく、唇は赤に近い桃だ。
縁のない丸眼鏡越しに映る瞳ははかなくも美しく見える。
正直に言って、彼女は綺麗だ。
ただ可愛いのか問われるとそれは少し違う気がした。
まるで、芸術のような僕とは少し違う世界に生まれた人だと思った。
君と初めて会った、あの時のように。
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