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台風




1、台風の概要


北太平洋西部の熱帯の海上で発生・発達し、

日本列島・フィリピン諸島・アジア大陸南部などに襲来して

大きな被害をもたらす熱帯低気圧


熱帯低気圧いくつかの限られた熱帯の海域で発生し、

それぞれ特有の名前がついているが、


そのうち東経180度より西の北太平洋にある


熱帯低気圧はその域内の最大風速によって分類されている。 



台風は最大風速が毎秒17.2m(34ノット:風力8)以上と定義され、




それに達しないものを狭義の熱帯低気圧とよんでいる。


船舶向けなどの気象通報に用いられている


タイフーンtyphoonの定義
(32.7m(64ノット:風力12)以上)とは異なる。





最大風速17.2m以上という台風の定義は
1953年(昭和28)から用いられたもので、


1947年から1952年までの定義は、
弱い熱帯性低気圧(17.2m未満)、


熱帯性低気圧(17.2m以上32.7m未満)、
台風(32.7m以上)の三つであった。




また、それ以前は、台風は南洋や南シナ海などに発生し、


日本フィリピン中国などにくる猛烈な暴風雨をさし、
はっきりした基準はなかった。



 気象庁の発表する気象情報や警報では


台風に大きさを表現することばと、


強さを表現することばをつけて発表している。




大きさは毎秒15m以上の強い風が吹いている範囲で、 


大型=500~800km未満、超大型=800km以上に分類し、  


強さは最大風速で、強い=毎秒33~44m未満、
非常に強い=毎秒44~54m未満、

猛烈な=毎秒54m以上に分類している。


1999年(平成11)までは、台風のなかで
「小型」とか「弱い」という発表もあったが、


たいしたことがないとの誤解を招くことなどから、



2000年(平成12)6月以降は、台風のなかでも大きいものや強いもののみに、


大きさや強さを表現することばをつけている。




[饒村 曜]



2、台風番号とその名称


気象庁では台風に関する情報の発表や整理の都合上、
  
ごとに台風の発生を確認した日付の順に従って台風に台風番号をつけている。 


台風番号は昭和○○年台風第○号とよばれ、



西暦の末尾の2桁に番号をつけ4桁の数字で表示されることもある。



たとえば、「9910号」は1999年に10番目に発生した台風、


「0106号」は2001年に6番目に発生した台風のことである。






このほか、とくに災害の大きかった台風については、



その上陸地点名、災害をおこした地名、湾名、川名、船名などをつけて、



枕崎(まくらざき)台風、伊勢湾(いせわん)台風などとよばれる。





また、上陸地点が同じような場合は、第一室戸(むろと)台風、



第二室戸台風というように区別している。




 アメリカでは最大風速が


毎秒17.2メートル以上にまで発達した熱帯低気圧を、



番号ではなく、あらかじめ準備したABC……の


アルファベット順のアメリカの男女名をつけている。 





太平洋戦争後、日本が米軍の占領下にあった間は、



これに倣って日本もカスリーン台風や


ジェーン台風などとよんでいた時期があった


(当時は女性名のみを使用)。



その後、台風番号が使われるようになり、



アメリカがつけた名前は、船舶向けの海上警報など


一部の予警報以外では使われなくなった。



 2000年(平成12)からは、アメリカがつけた名前にかわり、


アジア太平洋経済社会委員会(ESCAP(エスカップ))と


世界気象機関(WMO)で組織する台風委員会がつけた
アジア名が使われている。

このアジア名は、なじみの深いアジアのことばのほうが


防災意識も向上するのではないかと、


加盟14か国・領域から提案された合計140個の名前


(日本からは「てんびん」など10の星座名)からなっており、



台風が発生するたびに順次使われている。




[饒村 曜]




3、台風の語源



もとは颱風(たいふう)と書いたが、


1946年(昭和21)に制定された当用漢字にないため台風と改められた。


颱風は中国語の颱と英語のtyphoonの音をとったもので、

一般に通用するようになったのは大正時代からである。



それ以前は大風、嵐(あらし)また古くは野分(のわき)などとよばれていた。


颱は暴風のもっともひどいものをさし、


中国における最古の用例は17世紀後半に編集された『福建通志』である。



日本でも19世紀初めに小説家の滝沢馬琴(ばきん)

『椿説弓張月(ちんせつゆみはりづき)』のなかで颱を用い、これを「あかしま」と訓じた。






しかし、1857年(安政4)洋学者伊藤慎蔵(しんぞう)


熱帯低気圧についての専門書を訳したが、


その題名は『颶風(ぐふう)新話』であり、明治になっても片仮名でタイフーンと書くか、


漢字を用いるときには「大風」と書かれることも多いなど、


滝沢馬琴の颱の用法は、そのまま、明治後期から使われるようになった颱風にはつながらない。



一方英語のtyphoonは、16世紀にはイギリス使用例があるなど颱の用例より古い。


中国では昔、台風のように風向の旋回する風系を颶風とよんだが、


この知識が南シナ海を航海していたアラビア人に伝えられ、

彼らはそれをぐるぐる回るという意のtfnとよび、


これが一方では颱風になり、他方ではタイフーンに転化したと考えられる。



[饒村 曜]




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