その8←ここをクリック
気がつくと、運転席にはいなかった。
向かいの座席には西山がいた。
お互い、向かい合わせに座っていた。
僕は事の成り行きを察知できたが、それでも慌てたように周りを見渡した。
首を動かすだけじゃ足りなかった。
体の向きを変えてでも、外の様子を知りたかった。
そして、わかった。
ここはさっき座っていた、最後尾の車両だ。
それで、僕らは、もう駅についていた。
現実に存在する駅だ。
そこには、土曜日の夕方にふさわしいほどの人通りができていて、
僕の家の最寄り駅だった。
「とりあえず降りようか」
僕のありきたりな提案に西山は軽くうなずき、ホームの椅子に座った。
僕はまた、西山に向かい合せるように立っていた。
電車での質問以降、顔を合わせることはなくなった。
「羽塚くんは、何でそんな冷静なの?」
遠い方を見ながら、また質問を投げかけられた。
痛いところを棒でつんつんと突かれたように、返答するのにきゅうした。
「たぶん…君だけじゃないからかな」
「何が?」
「悩んでいること」
僕らの会話をさえぎるように、電車が通りすぎていった。
さきほど乗っていた電車はもうここにはいない。 「僕は家に帰るよ」
「うん」
僕は人ゴミをかき分け、改札へと向かった。
「きっと誰もが特別で、だから誰もが特別じゃないんだ」
帰り際、誰にも聞こえない声でそうつぶやいた。
でも、そんな配慮をする必要もないほど、
着いた改札は多くの人の喧騒とアナウンスでうるさすぎた。
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